ウナギイヌ

とのち家殺人(未遂)事件

もちろん私には殺意などなかった。
むしろ憐れみと愛情があったのだ。
あのことが起きてさえいなければ。

ことの発端は
彼がゴルフコンペの後に行われる
パーティに出席したことだった。

成績発表などプログラムは遂行され
お開きとなった時点で
家に帰れば良かったのだが
元来のお調子者が顔を出し
そのまま夜の歓楽街へと流れて行ったのだ。

そんな彼を止める術は
この時あるはずもなく
すでに脳内から泉のごとく湧き出る欲望に
従うだけの幼子となっていた。

ネオンの怪しい光が
彼のかつての異名
『アロチの帝王』を呼び覚まし
持ち金の全てを
その光の渦に呑ませていった。
《１つ目の殺意》

夜中12時半を過ぎた頃
玄関のインターホンが鳴った。
彼は鍵を持っていても自らは開けない。
ポリシーと言うべきなのか
ただ面倒と言うべきなのか
とにかく在宅者がいれば
開けさせるのである。

インターホン越しにでもわかる
泥酔っぷりに
正直、鍵を開ける気にはなれなかった。
しかし待たせると機嫌がどんどん悪くなる。

仕方なく階段を駆け下り
おかえりなさいと迎え入れるが
最早立っていることすら困難であった。
最悪だ。
《２つ目の殺意》

とにかく簡単に
怪我や落とし物をしていないかの
チェックをし
手足と頭をタオルで拭き取り
パジャマに着換えさせた。

私も就寝前に
片付けておきたいものの処理をし
3時にはベッドに入った。

しかし寝付けない。
隣で何か叫ぶのだ。

どこの言葉か分からないが
それを大きな声で話し
時折悲鳴のような声を出す。
まさか憑依されたか。
いや酔いが回りすぎているだけだ。
《３つ目の殺意》

次に気がついたのは4時半過ぎだった。

どうも人が動いている気配がする。
ああ、やはり明け方のゾンビは健在だった。

しばらくベッドから様子を見ていたが
ひとしきり動いたあと
2階の居間に上がっていった。
そのまま戻らず
変なイビキだけが聞こえる。
放って置くとまずいか？
と気になったので様子を見に行く前に
１階のトイレに入ったのがいけなかった。
《最後の殺意》



陰惨な殺人現場のような汚物や飛沫。
壁に便座にフタに床にと
至るところが汚染されていたのだ。
有りえないほどに酷い。
こんな嫌がらせを受ける理由が知りたい。
昨晩もやらかしたのに。

ああ、人生とはなんぞや。
常に誰かの気ままの
後始末ばかりなのか。

沸き立つ湯が
いくつもの気泡をフツフツと立たせるように、私の怒りもそれに似たものがあった。

殺意は衝動的であるほうが
より凶悪性が増し危険だ。
止めることは出来ない。

よし。
やるなら今か。
まだ辺りは寝静まっている。

私は大口を開けて寝ている彼に
冷凍庫から取り出したばかりのアイスノンを
タオルを巻かず顔面に乗せてやった。

彼はこれできっと

これくらいではきっと
反省しないだろう。